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走禅…わかるような気がします

 投稿者:はってぃ  投稿日:2005年11月16日(水)21時58分33秒
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  前に477号線の3連峠を登ったときに友人にその登坂のことを話すと
「ほとんど修行だな」と言われました。
僕にしてみれば、苦しくても別に苦行を積んでいるつもりはない…

実を言うと、和尚さんの仰る‘走禅’と同じようなことを
感じて考えてみたことがあります。

花背峠に何度もトライしていた頃の話を、前にも少し書きましたが、
最初のころは傾斜がきつくなると、立ち漕ぎになり、
なかなか座れないでいるうちに、心肺から足やら膝やらが悲鳴を上げて
ストップ…を繰り返していました。

4回目の登坂の途中に「登りきれなくってもいい、粘ってやる!」
と居直って、焦って立ち漕ぎするのを止めて腰を下ろし、
蛇行しつつ、試しにクランクを回すテンポにあわせて腹式呼吸をしてみた。
やがて、苦しいながらも落ち着いてくるとともに
脚のあちこちに出ていた痛みも引いてきた。
体も心も、追い込み方の違いでこんなに反応が違ってくるのかと不思議でした。
(もっともBC誌によると腹式呼吸は間違いらしいが、
肝心の呼吸法の話の詳細の掲載がずれ込んでいてイライラしています。
まあ、回すペースに息をあわせていたら臨機応変に対処できないから
おかしいって部分はすぐに気づいたが…)

5回目の挑戦は3月で路面には薄く積雪があった。
凍結はしてないのが幸いしてたたかえたが、
少し厚く積もっていたり傾斜が強くなるだけで雪ごとスリップするので、
走り方一つにも気を使う悪コンディションだった。
(結局、頂点近くでスリップして足をついてしまったのだが…)

やがて、妙にしずかな感じに包まれているのに気づいた。
路面の状況をにらみつつ、忙しく運転していて
息も苦しい、脚、腕、腰への負荷もきつい。
なのに、行きかう車の音、木々からこぼれ落ちる雪の音、
自分の荒い息づかいさえもが、閑けさを強調するBGMのように思え
自分が周りに溶け込んでいくような気がしたのでした。
寒い中で無茶をやって感覚がおかしくなっただけかもしれないですが
変に心地よかった…

友人にそのことを話すと(さっきと別の友人)
「ランナーズ・ハイみたいなもの?」
と聞くので、上のようなことを説明すると
‘座禅と似ているかな’という話になりました。
禅=苦行と思い込んでいましたが、
彼の話だとたんに苦しいだけでなく、もっと実践的なもので
座禅で深くゆっくりした呼吸をしていると
落ち着いてくるし、人間も自然の一部なんだなと感じるのだと言う。
(ああ、話しの詳細を思い出せない! われながらアホやな(泣))

坂道を走っていて毎回こんな感じというわけではない。
でも、坂で自分を‘追い込む’なかで、見知らぬ自分と会える気がします。
気持ちとか体の状態とかが、
ペダル・サドル・ハンドルを通して反射してくるせいか
同じ坂を登っても、その都度景色が違った貌をみせてくるようにも思えます…

和尚さんには釈迦に説法のような話ですよね。
ピントがずれていたら、すみません。
 
 
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