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ロバート・ショウへの脚注として

 投稿者:ootuka  投稿日:2003年 3月30日(日)22時26分11秒
  物語もいよいよショウが登場しましたね.
Collegiate Choraleというのは、ショウが1941年から指揮していた合唱団で、「Collegiate」という
のはこの場合、教育機関のことではなく、共同教会(collegiate chiurchといい、複数の協会が合同したもの)
の運営者のことをさしています。この合唱団はマンハッタンのMarble Collegiate Chiurchがスポンサーだっ
たのです。
Choraleというのは、バッハのカンタータにあるあの「コラール」ですが、「若々しく、響きがよく、ほか
と違っていて注意を引きやすい」という理由で採用されました。後年の「ロバート・ショウ合唱団」も
本名は「Robert Shaw Chorale」です。
日本語名はそのまま「カレッジエイト合唱団」としたほうがよいかな。
さてショウはこの合唱団を185人で編成し、ソプラノ2人に対してアルト3人、男性は女性の20人増しで、
テノール2人に対してバス3人の比率としました。(うーん、分厚くてリキのある響きが出そうですな)
年齢は17歳から70歳まで広がりがありましたが平均年齢は26歳という若さでした。最初のリハーサル
は教会の地下で行われ、大音声になると教会の床がかすかに揺れたとか。
人員を半減、カトリック、ユダヤ教徒、黒人を排除し、リハーサル中のばちあたりな言葉づかいを慎め、
とのお達しがあったそうですが、聞き流したようです。
トスカニーニとの「第9」での最初の共演は1945年秋でした。よい話なので、すこし長くなりますが
紹介させていただきます。

打ち合わせに行ったショウが、困難なパッセージを歌わせるためにとっている便法を説明して許可を求めると
トスカニーニは「スコアが正しく音になるなら、何をしても正しい」といい、「わしはこの曲で良い演奏が
できたことがない。あるときは合唱がヘタ、別のときはオケがヘタ、何回もソリストがヘタ、そして何回も、
わしがひどい指揮をした。」と続けた。
その次のリハーサル中にさっそくトスカニーニが現れた。一同は「マエストロ」が骨の折れるセッションを
おこない、たぶん有名な癇癪を破裂させるだろうと覚悟していた。しかし彼はショウの差し出した指揮棒を
断り「ノー。君、指揮する、わし、聴く。」
リハーサル中にトスカニーニはホールの後ろの方でゆっくり前後に歩き回っていた。残り数小節になると
トスカニーニは歩みを早め、指揮台にやってきた。最後の和音のエコーが消え去らないうちに両腕をショウに
差し伸べ両頬にキスをして言った
「わしは、はじめて、この曲が歌われるのを聴いた! カーネギー・ホールで会おう。」

滞在17分間、信じられずにぽかーんと口を開けている合唱団と指揮者を残してトスカニーニは去った。

DEAR PEOPLERobert Shaw A Biography by Joseph A.Mussuleman  Indiana University Press
によりました。

あと、時間厳守の件ですが、これはショウがクリーブランドに来る前からやっていた方法のようです。
シカゴ交響楽団合唱団の創設を委ねられたマーガレット・ヒリス女史はショウの教えを受けた人で、
まったく同じように時間厳守しています。同女史によると、これは合唱団の規律を最初に確立する
ために必要かつ有効な手段なのだそうです。

今回の記事はマーラーよろしく、アップロード後に何度も編集させていただきました。(^^;
もういい加減にいたします。(^^;;
 
 

シンドラーのリスト

 投稿者:孫弟子  投稿日:2003年 3月23日(日)17時12分35秒
  涙もろい私が、バスタオル1本分の涙を流した作品です。

でも直角さんは、どうして私の好きな映画を御存知なのですか??(まあ好きとは書かれていませんが… ) 現代のメロディメーカーであるジョンの旋律も泣かせるけどパールマンの演奏も良いですねぇ。 白黒映画でありながら、1箇所だけ朱を使ったあの凝りよう。 最後にカラーになったときの意味。 不滅の名作ですね、これは。

尚、私は1箇所(10秒程)だけ嫌いな部分が有って、そこを自分でカットしたビデオを見ることにしています。
 

楽員と常任指揮者

 投稿者:直角  投稿日:2003年 3月22日(土)10時15分55秒
  クリーヴランド管弦楽団物語、今回も興味深く読みました。

楽員と常任指揮者との関係は、単純ではないだろうと思いますが、
R.シュトラウスでのマイロン・ブルームのエピソードなどは、
ちょっとじんとくるものがありますね。むしろ、甲子園に出場する
野球部の監督と部員の関係と言ってもいいくらい(^_^;)
あるいは、ちょっとたとえは適切ではないかもしれませんが、
映画「シンドラーのリスト」に見られるような、工員との関係。

ルドルフ・ビングとの二度目の対決などは、自分の舞台を完璧に
維持したいとする完全主義者には許せない、マネージメント上の
妥協(彼の目には「手抜き」にうつったのでしょう)に怒る姿が
現れています。

おそらく、第二次大戦時に、ヨーロッパの歌劇場を去らざるを
得なかった、元神童にして有望な実力派音楽家の無念さとその後の
苦労が、自分のオーケストラ、自分の楽員に対する高い水準の
要求となってあらわれたのではないかと想像します。

セルが、プロコフィエフは好んで取り上げながら、なぜ同じソビエト
ロシアの作曲家であるショスタコーヴィチについては、録音に見る
限りでは冷淡で、たぶん演奏会でも客演指揮者にまかせていたの
ではないかと思いますが、その理由に興味があります。私の想像
では、ヨーロッパ時代に、プロコフィエフとはピアニスト仲間と
して若干の交流があり、音楽的にも共感するところがあったが、
ショスタコーヴィチについては、政治的な立場とは別に、音楽的
にも底のしれない二面性を感じ、保留していた、ということでは
ないのか、と考えています。
 

「セルで聴きたいこの曲」

 投稿者:孫弟子  投稿日:2003年 3月21日(金)07時23分31秒
  勇壮流麗な「アイーダ」の大行進曲、私はこの曲の、リズムのまともな演奏を聴いたことがありません、セルならさぞかし…

皆様は、こんなことを考えたことは有りませんか?

もうすぐ3周年を迎える当ページ、1周年の折に、「録音して欲しかった」曲の特集をいたしましたが、新しいお客様もいらっしゃるでしょうから、こちらに書き込んでいただいて、もしまとまるようでしたら、新しいコーナーを作って残しておきますのでぜひどうぞ。 実名・仮名なんでも結構、ただし、そのまま(文章は調整します)載せますので、ご了承ください。

本当は「セルで聴きたかった…」でしょうが、もう30年以上たっていますからね。神様ですよ。

尚、最近、ページに貼り付けられた(リンク)メール・アドレスを自動的に収集して、つまらぬメールを送るというソフトがあるそうなので、特に意図のない場合は入れないほうが良いと思います。
 

週刊CLO

 投稿者:孫弟子  投稿日:2003年 3月10日(月)22時41分5秒
  ページが少し前後していましたので、修正しました。
それにしても、この文字の多さと内容の多さ。
訳者さんの御厚意には、いくら感謝してもしすぎることはありません。
 

いかにもセルらしいエピソード

 投稿者:直角  投稿日:2003年 3月10日(月)20時29分8秒
  こんにちは。直角です。最近、ほぼ毎週新訳を読めるので、ほとんど
「週刊クリーヴランド管弦楽団物語」を予約購読しているような嬉しさ
です(^_^)/

今回も、セヴァランス・ホールの音響改装からはじまり、'52~'53年
の快進撃に続き、クリーヴランド管弦楽団合唱団の創立あたりまで、
たいへん面白く読みました。総支配人ヴォスバーグという人物に
ついては初めて知りましたが、地元クリーヴランドの人々を、うっかり
野蛮人にたとえてしまい、反発を食らうところなど、いかにもセル
らしいエピソードだと思いました(^_^;)>poripori

ところで、左の目次フレームの記載内容で、ちょっと気づいた
ことがあります。

「P.264 リフシェイの任命」と「P.264 客演指揮者たちの賞賛」

と、ページ番号の同じものがあります。もしかすると、前者が
P.254 なのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

私は、音楽的にも内容的にも貢献できませんが、校正でちょっぴり
貢献しようかと(^_^;)>、注意して見ています。他意はありません
ので、どうぞご容赦を。m(__)m
 

フルニエよりも性格描写が上手い?

 投稿者:孫弟子  投稿日:2003年 3月 2日(日)15時10分54秒
  スカーニック、マルセラス、ブルーム、リフシー・・・
お気に入りの団員を擁して幸せだったでしょうね、セルは。

スカ氏は、68年に「イタリアのハロルド」を定期で演奏しており、アメリカで放送されたそうですから、音源入手もそう難しいことではないかもしれません。
 

スカーニックのレコード

 投稿者:直角  投稿日:2003年 3月 1日(土)22時52分3秒
  クリーヴランド管弦楽団物語、今回もたいへん興味深く拝見しました。

スカーニックの演奏したレコード、R.シュトラウスの「ドン・キホーテ」と
モーツァルトの協奏交響曲、どちらも私の大・愛聴盤です。セルとうまく
やっていたということは、その前提として、抜群の実力を認められていた、
ということでしょうね。私は演奏家の力量などは皆目わかりませんが、
この二つの演奏については、素晴らしいレコードだ、と声を大にして
言うことにしています(^_^)/
そのうち、CD でも入手したいと思います。
 

御愛読ありがとうございます

 投稿者:孫弟子  投稿日:2003年 2月19日(水)04時37分27秒
  皆様が「どれどれ、どこどこ?」とご覧になる前に早速修正しておきました。  

セルが応援した指揮者

 投稿者:直角メール  投稿日:2003年 2月18日(火)23時00分29秒
  クリーヴランド管弦楽団物語、愛読しています。今回も、興味深い内容でした。

セルが応援した指揮者として、最近大活躍のミスターSことスタニスラフ・
スクロヴァチェフスキや、ジェームズ・レヴァインのほかに、ルイス・レーン
もそうなのですね。タイプは違いますが、実力派という点では共通かな。

ところで、「ジェームズ・レヴァインの見解」の項目が、左フレームの
目次項目に見当たらないようです・・・(^_^)/
 

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